商業施設の新静岡セノバとアダストリアが協業してスタートさせた「ささえあう働く時間プロジェクト」。テナントとデベロッパーという両者の立場から、商業施設で働くショップスタッフのサステナブルな働き方の実現を目指しています。
今回は、この取り組みの1つの柱となる「営業時間のフレックス制度」について、新静岡セノバを運営する静鉄プロパティマネジメント㈱常務取締役/セノバ事業部長の佐藤壽康さんと、導入店舗で店長を務める井上勇哉さん、奥畑千愛さんにインタビューを行いました。
「ささえあう働く時間プロジェクト」で
変わる、ショップスタッフの働き方
井上: 「ささえあう働く時間プロジェクト」は、各々のお店事情に合わせ、ショップスタッフのワークライフバランスを改善することでサステナブルな働き方を目指すプロジェクトです。その中でも営業時間のフレックス制度というのがあり、グローバルワークでは、朝の1時間と閉店間際の1時間を短縮し、売上が取れる時間帯に合わせて営業時間を設定しています。基本的には平日時短で営業して、週末、お客さまが多くご来店される時は、フルタイムで営業している状況です。その他は、商業施設のイベントに合せて、フルタイムで営業しています。
奥畑:ベイフローでも2021年5月のこの制度が開始した時から営業時間のフレックス制度を採り入れ、営業時間の適正化に取り組んでいます。これまで営業時間が朝10時から夜8時までだったのが、グローバルワークと同じく、朝11時から夜7時閉店に変わりました。
佐藤:新静岡セノバでは、これまで、ES(※)の向上に力を入れてきましたので、どこよりも元気で活気がある商業施設でありたいと思っておりました。コロナ云々は関係なく、働いている皆さんの“生活の質”を上げていくことができるのであれば、1回チャレンジしてみようと考え、この営業時間のフレックス制度を採り入れることになりました。新静岡セノバには全部で1500名くらい働いている方がいらっしゃいます。そのご家族もいらっしゃいます。各ショップスタッフの皆さんが、公私ともに充実して活気にあふれている状態である方がいいに越したことはないと考えています。
(※)ES・・・従業員満足度のこと
販売現場は、朝が早くて夜が遅い、
そんなイメージを変えたい。
井上:導入前は、営業時間を短縮しても勤務時間が確保できるのか?勤務時間が削れて給料が下がることはないのか?という点を不安に感じていました。
奥畑:そうですね、私も、やってみないとわからないな、というところは感じていました。スタッフの一人ひとりの稼働時間が決まっているので、そこをしっかり、希望の時間まで確保してあげられるかなと―。フレックス制度が始まるにあたって一人ひとりに面談を行い、今の稼働時間が見合っているかどうか、増やしたいのか、そのままがいいのか、というところを相談した上でスタートしました。日によってはフレックスで稼働時間が短くなった分、後ろに伸ばしたり、日にちを増やしたり、今のところは全員が希望通りの稼働時間でシフトを組めています。
佐藤:長年、販売現場の人材不足を課題だと感じていました。まずは、「長い時間働いているショップスタッフの皆さんが非常に多い」というのを何とかしなくてはならない。そこにメスを入れることが、画期的な一歩前進になるなと。地域への影響も大きいので全館休館日をこれ以上増やすことは難しかったのですが、ちょうどその時、アダストリアから営業時間のフレックス制度についてのご相談を受け、検討を開始しました。前例のない取り組みなので賛否両論ありましたが、丁寧に説明を行い導入にいたっています。
「働きやすくなった」
という声が大多数です。
井上:例えば、「朝11時からしか出勤できません」この条件で他の採用面接を受けると、大体落ちてしまうという方が応募してくださったり、多様性が広がったのかな、と実感しています。
佐藤:商業施設は、営業時間が揃っているのが普通なので、そこがバラバラしますよ、ということについては、“ちょっと心配”という声が初めは6割くらいありました。ところが、実際やってみて、一つひとつ丁寧に対応していけば、乗り越えられない問題ではないだろうと実感しています。実は今までに、私どものところに聞こえてくるお客さまからの“お叱りのご意見は全くない”という状況です。
奥畑:取り組みがスタートしてから半年が経って、認知度が上がってきたこともあり、お客さまからは、「時代に沿った対応をしていらっしゃる会社なのね」という反応をいただいています。
また、スタッフからは営業時間が短くなったことで、仕事の後でお買い物に行けたり、食材を買う時間ができたので、自炊をする機会が増えたという声も聞きます。お子さんのいるスタッフは、朝ゆっくり準備ができるようになったので、お子さんの学校の支度がゆっくりできて、余裕をもって出勤できるというお話もありました。私自身、帰りが遅いとお惣菜を買うことも多かったのですが、自分で自炊をする時間が増えたので、健康面でも良くなったのかなと感じています。
井上:うちには6歳になる娘がいるので、早めに帰宅して、子どもとの時間がとれるようになった点がすごく良くなりました。すごく助かっています。また、自店では、フレックス制度の導入後、出勤時間がみんな同じになりました。以前は、早番の方と出勤が被らなかったりして、面談や教育ができなかったのですが、今は、コミュニケーションや教育に充てられる時間が増えたので、「もっとこれやりたかったのに」という要望にもしっかり応えることができています。これは、スタッフからもよかったと言ってもらっています。他社の店長さんからも直々に様子を聞かれたり、ご相談を受けることもあります。
奥畑:その日の出勤スタッフが、オープン時点で全員揃うという状況がつくれるようになって、オープンの時のスタッフ人数が増えたため、その分、お掃除の場所を増やしたり、スタッフボード(※)の撮影や、商品知識のノートを作成する時間にあてることもできているというのもメリットに感じています。
(※)スタッフボード・・・アダストリアが展開する20を超えるブランドのショップスタッフが投稿した、個人のスタイリングを閲覧できるコンテンツ
業界全体をサステナブルにすること、
販売の現場に関わる我々の責任。
佐藤:1日1~2時間ほど営業時間を短縮しているお店のグループと、全体のグループの売上を比較すると、実は、営業時間のフレックス制を採用されている店舗の方が、平均売上が良かったりするんですよね。“時短をした、その時間帯のスタッフの人件費が浮きました”ではなくて、そこの時間帯に削られてしまう人員をお客さまがご来店される時間帯に振り替えていただくことで、機会損失をなくしている。というのが実態でした。
奥畑:そうですね。コロナがあるので一概には言えないのですが、売上は前年と比較しても、それほど変わりありません。お客さまには、お店が営業している時間にご来店いただいているという印象です。実際にやってみて、スタッフからも「助かります」という声が多いので、デメリットは感じていないのですが、各店が工夫をして時間を活用しているので、アダストリアの店舗同士で、もっと意見交換の機会を増やして、好事例を取り入れていきたいと思います。
井上:時短で営業できるというだけではなく、営業時間の適正化が目的なので、「ここはちょっと、お客さまのご来店が期待できるぞ」という時など、もう少し情報交換ができるコミュニケーションの場を作る必要があるなと感じています。
佐藤:業界向けに説明会をやらせていただいたのですが、それ以降、全国から多くの商業施設の運営会社の方が見学やヒアリングに来られています。我々も、具体的な実施状況の開示は当然のことながら、できるだけ丁寧にご説明するようにしています。皆さん現場をよく知っている方は、なるほど、こういった取り組みがスタッフに求められていると、実感してお帰りになられます。
やはり、我々は地域の中心にいるスタッフの皆さんを大切にしていきたいと思います。それが、我々業界にいる人間すべての責任だと思いますので、もっとそういった視点での活動をひき続きしていきたいと思います。